尾瀬の会 3日目の行程

06:00 朝食
07:00 第二長蔵小屋出発
09:05 沼尻着 
10:20〜40 長蔵小屋で休憩
12:00 沼山休憩所到着 
12:25 会津バス乗車
13:05 桧枝岐温泉に到着
      共同浴場[燧の湯」・そばやで昼食
14:50 貸し切りバスにて帰路
20:00 新宿到着


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早朝の尾瀬ヶ原(雲が多く天気が気になります)



(左)第二長蔵小屋 出発前   (右)鳩待峠方面から帰るお二人を見送って



私達は尾瀬沼・沼尻方面に出発



沼尻が見えてきました、休憩場でひと休み(小雨が、、)



尾瀬の会”の皆様



長蔵小屋に着きました


長蔵小屋入り口と、裏にある旧長蔵小屋


旧長蔵小屋裏手の素晴らしい景色


広大な尾瀬沼をバックに(中)貴重なアンティークカメラを拝見(右)休憩も終わり、長蔵小屋とお別れです



沼山峠休憩場を目指します


休憩場からの展望(晴れています)


(右)沼山峠に到着しました(12:00)


沼山峠休憩場 (ここから会津バスに乗車)



桧枝岐・中土台に到着(13:05)、貸切の蕎麦やさんに荷物を預け「燧の湯」で汗を流し、昼食


(左)美味しかったお蕎麦 (中)手際よい蕎麦うち (右)畳の縁にも水芭蕉が



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尾瀬に咲く花々(2)

(左)ゴゼンタチバナ  (中)キヌガサソウ (右)チングルマの(果実)? 
   

(左)ノアザミ と 蜂 (中)ヒメサユリ  (右)?


(左)ヤマオダマキ (中)ノビネチドリ (右)?


?



花名は、尾瀬の花・高山植物・植物図鑑を調べましたが、似通った植物も多くありました。
(?)の花名をご存知の方、教えて頂けたら嬉しいです。

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(左)3日目出発前「尾瀬の会」の皆様と(右)尾瀬保護団アンケートで頂いた「バンダナ」



今回の尾瀬は、お仲間の夢子さんとご一緒に「尾瀬の会」に参加させていただき行きました。
「尾瀬の会」は高校の同窓生の皆様で結成された会で、今年で19回目だそうです。
幼馴染の皆様のお付き合いが、卒業後も続いていることは素晴らしいです。

そのような会(楽しかった尾瀬・至仏山の3日間)に参加させていただけたこと、
尾瀬の会の皆様に感謝です。大変お世話になり有難うございました。
(夢子様と、お友達のN様、どうも有難うございました)

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自然保護地”尾瀬”に関して、下記の「尾瀬に死す」を読ましていただきました。


「尾瀬に死す」 著者:平野長靖  発行者:平野紀子  発行所:尾瀬沼畔長蔵小屋

平野長靖氏は「長蔵小屋」初代主人の平野長蔵氏を祖父に、平野長英氏を父として片品村に生まれました。
沼田高校から京都大学文学部に進み北海道新聞社に入社したが、後継者の急逝により長蔵小屋の主となる。


「死を悼むーーーー序にかえて」の書き出し文 より

[昭和46年12月1日早朝、尾瀬の長蔵小屋を出た平野長靖は、季節にはまだ早い豪雪に阻まれながら
三平峠を越え、山麓の家族の元へ急いでいた。胸丈を越す雪は振りやまず、疲労も激しく、
一度は下山を断念したというが、・・・・・ もはや体力は限界を越した。 ・・・・・

遭遇した登山者に見取られながら、三人の幼い子らのこと、楽しかったことを明るく語り、
「生涯に悔いはなかった」というのが最後の言葉であったという。寒さと疲労による衰弱が原因でした。

すでに一日は終わろうとしていた。 夏道ならば行程3時間、知悉した道であった。・・・・・

平野君を、雪の峠越えに駆りたてたものは、直接的には、翌二日に控えた東京での自然保護の会に
出席しなければならない、ということであったろうが、むしろ、36歳3ヶ月余りの生涯を貫いた
行動への誠実さーーー本質的には思惟の人であったがために、かえって行動への責任を
重く担ったがためではなかったか。]


尾瀬に観光自動車を通す計画が発表され自然環境破壊に関わるたいへんな問題が起きていました。
長靖氏は、祖父と父の志を引き継ぎ、建設阻止に立ち上がり署名集め、休む暇なく活動を展開。
昭和41年、大清水から尾瀬へ乗り入れ沼山峠と結ぶ自動車用道路建設が着工されました。

46年7月大石武一環境庁長官に建設中止を直訴し、8月建設中止に持ち込みました。
「尾瀬の自然を守る会」が発足、 長靖氏の車道阻止運動は成果をあげました。
現在も長蔵小屋は長靖夫人の紀子さんによって守られ、長男の太郎氏が4代目として後を継いでいます。


「尾瀬に死す」を読み進むにつれて、感慨深いものがあふれてきました。
昭和40年頃 自然環境問題がニュース・新聞等で問題になり気にかけたことを、思いだしました。
尾瀬の豊かな自然は、長蔵小屋歴代主の平野長蔵氏・長英氏・長靖氏の三代が惜しまない努力のお蔭です。

翠昌の尾瀬行きは今回で4回目、近年の3回は長蔵小屋・第二長蔵小屋・長蔵ロッジに泊まりました。
1回目(若い頃)の尾瀬行きも、長蔵小屋(旧)に宿泊していたと思います。由緒あるお宿に泊まっていたのです。

尾瀬にお連れ下さった、それぞれのリーダーと皆様に感謝です。有難うございました。


いつも訪問してくださり、有難うございます。

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